
Nest, Patricia Piccinini, 2006
バイクの親子。
微笑ましい絵ですね。見ていてなごみます。これはオーストラリアのアーティスト、パトリシア・プッチニーニの作品です。
”自然”と”人工”の境界線をあいまいにする作風が特徴です。
バイクのフォルムやミラーの優しい曲がり具合が、本当に生きているかのように思わせます。
以下、パトリシア・プッチニーニの言葉(Yvon Lambert Press Release 抄訳)
この作品は、19世紀の絵画や現代のドキュメンタリー番組で見られるような、動物の高潔さを描くことから発想を得ています。工場の中で定義される平凡な乗り物のイメージを取り払い、「野生の動物」の一員であるかのように想像を掻き立てられます。それによって、このバイクに対して共感が湧き、いつものように簡単には操れる対象物ではなくなります。
こちら左も、かわいらしい。文章の表現でも、擬人法(人間でないものを人間になぞらえて表現すること)がありますが、視覚的に行うと、このようになるのでしょう。
どうですか?バイクに癒されましたか??
Thiker than water, Patricia Piccinini, 2007
参考サイト
・Patricia Piccinini
・Exhibition at Yvon Lambert New York
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2008.02.29 | Comment:0 | TrackBack:0

Hermitage 1, St. Petersburg, Thomas Struth (2005)
黄色の服のおばちゃん、すっごい険しい表情。
あまりに真剣なので、何考えているんだろう。。。と気になります。
その視線の先には一体何があるんだーーー?!
これは、トーマス・シュトルート(Thomas Struth)の写真作品。
大きさも、縦116cm x 横147cmと、かなり大きい。
えっ、これも作品と呼べるものなんだ、と驚くかもれません。
これはマドリッドにある美術館の中です。
おばちゃんたちの視線の先には、17世紀を代表する宮廷の肖像画家ベラスケスの作品があります。
エルミタージュ美術館の回顧展を機に、マドリッドにやってきました。
二人とも、解説を聞きながら、かなり真剣に見入っていますね。
何を感じ取っているのだろう。。。
その他トーマス・シュトルートは、こんなものも作品として発表していて、『美術館の観客シリーズ』と呼ばれてます。


(left)Hermitage 6, St Petersburg, Thomas Struth
(right)Audience1(Quasireligiose Andacht In Museum) Florenz2004, ThomasStruth
美術館に行って、作品に目を向けても観客にはなかなか目は行かないですよね。
「私たちは美術館で"何"を見ているんだろう」ということを問いかけている作品です。
ところで、一番上のおばちゃんたちの写った写真だけをみたのでは、
この作品がどこに注目してほしいのか、いまいちわからない。
作家単独の展覧会でない限り、大概上の作品は、世界中バラバラに展示されています。
だから、一つだけ見たのでは、おばちゃんに注目してるのか、影の女性に注目してるのか、
何がいいたいのかいまいち分かりません。
これも現代アートをワカラナクしている原因。
現代アートの作品は、単独よりも、アーティスト単位で見たほうがよっぽど分かりやすいのです。
そして、このアーティストが観客に注目していると覚えていると、またどこかで新しい作品に出会った時に、あっこれトーマス・シュトルートだ!とマニアな発言ができるわけです。
そのアーティストのネタを知っていると、面白くなるのです。
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2008.02.27 | Comment:0 | TrackBack:0

Bright Apex No.2, Li Wei, 2007
この方、めちゃくちゃ余裕あります。そこでくつろがなくてもいいのに。。。
すごく、笑える。
これは、中国人アーティスト、リ・ウェイのパフォーマンスを写真に撮ったもの。
自分でせっせと街頭によじ登り、撮影されています。体を張ったパフォーマンスで有名な人なのです。
とはいえ、本当は命綱とかそういうものも使っていて、撮影後で消されています。
その他、体を張ったものにこんなものもあります。


left: Li Wei Falls to the Ice Hole(2004), right: Never Say Failure No. 1(2007)
じゃあ、どんな思いでこんな笑えるパフォーマンスをまじめにやっているのか?
彼は、頭から大地に突き刺さっているパフォーマンスについて、次のように語っています。
「他の惑星から地球に落ちてきたら、そこが中国であろうとどこであろうと、やさしく幸せに着陸できること無い。そしてこの頭から先に何かに落ち、足もとが不安定な感覚は、誰にでも身に覚えのあることだ。だから実際に他の惑星から落ちてくる必要はない。」
(原文Eli Klein Fine Art より)
つまり、新しいものに出会った時の”衝撃”と”不安”を表しているのでしょう。
急成長する中国の中で、その郊外が急激に変化していく”衝撃”と”不安”です。
うーーーん。納得できますか?
正直そこまでのことは表し切れてない気がしちゃいます。
笑いの衝撃の方が強い気が。。。
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2008.02.25 | Comment:0 | TrackBack:0

Installation view, Stefan Sagmeister,
Things I Have Learned In My Life So Far,
@Deitch Projects 76 Grand Street, January 31 - February 23, 2008
どーんと、おおきなサルです。
その左手奥。焦げ茶色に見える壁の正体は何でしょう?
答え。
バナナ、です。 サルとバナナ。定番の組み合わせ。リアルバナナなので、あたり一体バナナ臭が漂ってました。
展覧会の開始時(つまりバナナが傷む前)、実は右こんな風になっていました。"SELF-CONFIDENCE PRODUCES FINE RESULTS"
(自信は良い結果を生む)
ステファン・サグメイスターは、オーストリア出身でニューヨークを中心に活動している世界的なグラフィックデザイナー。ローリングストーンズのCDジャケットを手掛けたことでも有名です。彼の創る文章のメッセージには、グラフィックデザイナーとしての彼の考えが表れているように思います。
今回の展覧会では、「見た人と強く繋がりを結ぶことのできるもの」を選んで展示されてありました。
例えば、こちらのアリゾナで撮影された作品。

TRYING TO LOOK GOOD LIMITS MY LIFE
(良く見せようとすると、自分の人生を制限することになる)

右の上の段のメッセージは、
EVERYTHING I DO ALWAYS COMES BACK TO ME
(私のしたことは、全て自分に返ってくる)
モノを使ってメッセージを描くところは、バナナの壁と共通していて、彼の作風の一つでしょう。
もっとご覧になりたい方は、YOUTUBE必見です。
展覧会にはなかったのですが、スゴ!と思ったものをもう一つだけご紹介。左の写真はAdobeのコンテストの広告なのですが、このトロフィーは、コーヒーでできています!!
ひとつひとつ、紙コップにコーヒーを注ぎ、牛乳で濃度を調節。
結構時間がかかったので、最初に注いだ方の紙コップがふやけ始め、悲惨なことになったそうです。
こういうことをマジで一生懸命やってるのって、いいですね。
参考サイト
・Deitch Project Stefan Sagmeister Things I have learned In My Life So Far
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2008.02.21 | Comment:1 | TrackBack:0

EVOLUTION IS THE THEORY OF EVERYTHING, Ryan Mcginness
私の大好きな、ライアン・マクギネスの作品。デザインぽい、ですよね。
アート、デザイン、広告。
この3つは違うようで、同じようで。。。
よくそれぞれの世界のトップを走るクリエーターの方はその"違い"について
切々と語っているのを目にします。
でも受けてからすると、「あ、これは広告だから」とか、「これはデザインだから」などと区別して見ることはないですよね。
大して違いなく受け止めている、というのが正直なところではないでしょうか。
それぞれ、誕生した歴史は違います。
アート →宗教画。歴史の記録。
デザイン→機能あるものの形
広告 →モノを宣伝する
でも、現代となってはどれも「人間」をテーマにした創造物のように思います。
アート →人間の感情、人間の活動を表現
デザイン→モノを通して人間に楽しみ・安らぎを与える
広告 →人間の共感、気づきを商品と繋げて表現
それぞれ発端は別だったとしても、今それぞれの領域の垣根は低くなっています。
ただ、一つだけ、アートが他と違うところ。
それはマスに相手にされているかどうか。
理論上、アートはみんなのものです。
でも出来上がった作品がどれだけの人に閲覧されたかを比べると、アートは圧倒的に少ないのではないかと思います。
デザインや広告は大量生産社会、マスメディアの登場によって、多くの人に触れられ、同時に磨かれてきた、クオリティーを上げてきたと感じます。
アートは、そのチャンスがなかった。
人が足を運ばなければ見れない、という物理的なことが大きな原因ではありますが、
もったいないことです。
大金持ちには相手にされているものの、「アートはデザインや広告とは全く別物なのだ」とちょっとひねくれてしまった感さえします。
そんなアートにもチャンス到来。インターネットです。
インターネットではビジュアルが世の中を駆け巡ります。
もちろん本物の迫力にはかないませんが、「本物を見たい」、「おもしろそう」という様相だけでも伝わります。
著作権諸々ありますが、今後、インターネットがアートの世界を大きく変えてくれることでしょう。
アートが教室の端のにいるひねくれ者から、みんなの前に出てきてくれることを期待しています。
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2008.02.17 | Comment:0 | TrackBack:0

