現代アートがワカラナイ秘密
現代アートって、ワカラナイ。良く耳にする言葉です。現代アートが"わかる"ということは、何の説明もなしに「面白い」と感じられること。ここではそのワカラナイ秘密と、説明なしに直観的に「面白い」ものと思える「ワカルちゃう」ものとをご紹介します。
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時を刻む
FelixGonzalez_3.jpg
untiled (perfect lovers) (1987-1990), Felix Gonzalez-Torres


ぴったり寄せ合った、何の変哲もない、普通の時計。
秒針までしっかり一緒に時を刻んでいます。

この作品のタイトルは、Perfect Lovers。
"完璧な恋人同士"とでも訳しましょうか。

タイトルを聞くと、何だかこの二つの時計が微笑ましく見えてきます。
二人、同じ時を刻みながら生きているようです。

この時計は、電池で動いているので、やがてどちらかの時計は先に止まることになります。
でも、もう一方は引き続き時を刻みます。
どんなPerfect Loversでもいつかは別れのときが来ます。
どちらかが相手を看取り、その先も自分の人生を歩んでいくのです。
ちょっと切ないですが、これが現実。


とっても単純な作品なのに、とても心に響く素敵な作品だなと思いました。

この作品のアーティストは以前ご紹介した、フレックス ゴンザレス(Felix Gonzalez)。
HIVで最愛の人を亡くし、自らもHIVに侵されながらこの世を去りました。
そんな境遇にあったからこそ生まれた作品なのかも知れません。


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[2008/06/29 21:49] | なごみ系 | トラックバック(0) | コメント(7) |
アトムおじさん
yanobekenji.jpg
Torayan, Kenji Yanobe, 2004
トらやん、ヤノベケンジ


黄色いアトムスーツを身にまとった、バーコード頭にちょび髭のおじちゃん。
何か、かわいい。

このおじさんは腹話術の人形で、アーティストであるヤノベケンジのお父さんが定年退職後に購入したもの。定年後に腹話術を始めたお父さん。ある日、お父さんは、この人形をバーコード頭に変え(上の写真では光ってしまっていて良く分からないかも。。。)、ちょび髭を生やさせ、タイガースのユニフォームを着せていました。

これをを面白く思ったヤノベケンジが、この人形を”トらやん”と命名。その後、ヤノベケンジの作品に登場することになったらしい。

この宇宙服のような黄色い服は何かというと、
ヤノベケンジが、チェルノブイリの跡地を回った際に直用していた、放射の防護服をミニチュアにしたもの。彼が多くの作品に共通してテーマにしているのが、未来を生き抜くための「サバイバル」。

チェルノブイリの遊園地・保育園・軍用車などの残骸を回り、このスーツを着用した自分とその風景を写真に撮ったシリーズは、「アトムスーツプロジェクト」と呼ばれています。現実の廃墟のすさまじさを表現した作品です。

この放射能防衛服の実物は、小さくて、3歳児用サイズ。
放射能に汚染された未来においても、子供達が楽しく遊べるように。。。
そんな思いがこの作品には込められているようです。

かわいいちょび髭のおじさん。展覧会場では、陽気な歌を歌っています。
子供に楽しさ・わくわく感を与え、同時に大人には現実を突きつけられる、そんな作品に感じます。

いま、ニューヨークの国際写真センターに日本人作家の一人としてヤノベケンジの作品が展示されています。
やっぱり現代アートは、もう少し背景の説明があった方が楽しめるのになぁ、と感じました。。。


参考サイト
ヤノベケンジ展「トらやんの世界」 霧島アートの森
ヤノベケンジ展 「トらやんの大冒険」 札幌宮の森美術館
Heavy Light: Recent Photography and Video from Japan 国際写真センター
[2008/05/28 09:52] | なごみ系 | トラックバック(0) | コメント(1) |
ミニチュア?
Olivo Barbieri
Siena(2) 2002, Olivo Barbiel


ミニチュアに見えるけど、これは本物の情景。
イタリア中部にあるシエナという町を撮った写真です。

なんで、ミニチュアに見えるかというと、ピントに秘密があります。

写真の中でも細かい部分、ここだと写真の下の方にだけピントが合っていて、他はぼやけています。
これは、人間が小さな物を見ている時と同じような状態です。自分が集中して見ているところにだけピントが合って他はあまりはっきり見えていません。そのパターンが脳に焼き付いているので、この写真を見ても、ミニチュアに見えてしまうのでしょう。

OlivoBarbieri.jpg左の写真は、ブラジルにある観光地イグアスの滝の様子。大勢の観光客が滝の真上でその情景を堪能しています。(こわそう。。。)
実物の写真も1辺1m以上あるので、自分が鳥になって地上を見ている気分です。
もっとよーく見たい方は、こちら。(←すごいよ。)

リボ・バービエリ曰く。
「全部を見せる写真の撮り方にちょっと飽きたんだ。9.11以降、世界は少しぼやけて見えるようになった。なぜなら、起こりえないことが起きたからね。私は改めて、町を見てみたいんだ。」
“I was a little bit tired of the idea of photography allowing you to see everything,” Barbieri says. “After 9/11 the world had become a little bit blurred because things that seemed impossible happened. My desire was to look at the city again.”(MetropolisMag.com-Model World-2006.1.16
Iguazu, Argentina/Brazil (IG09) , Olivo Barbiel


常に、物事を俯瞰することは大切なこと。
自分で精いっぱいだと何にも見えなくなっちゃうもんね。
[2008/03/10 22:02] | なごみ系 | トラックバック(0) | コメント(0) |
親子
Patricia Piccinini
Nest, Patricia Piccinini, 2006

バイクの親子。

Patricia Piccinini微笑ましい絵ですね。見ていてなごみます。

これはオーストラリアのアーティスト、パトリシア・プッチニーニの作品です。
”自然”と”人工”の境界線をあいまいにする作風が特徴です。

バイクのフォルムやミラーの優しい曲がり具合が、本当に生きているかのように思わせます。


以下、パトリシア・プッチニーニの言葉(Yvon Lambert Press Release  抄訳)

この作品は、19世紀の絵画や現代のドキュメンタリー番組で見られるような、動物の高潔さを描くことから発想を得ています。工場の中で定義される平凡な乗り物のイメージを取り払い、「野生の動物」の一員であるかのように想像を掻き立てられます。それによって、このバイクに対して共感が湧き、いつものように簡単には操れる対象物ではなくなります。

Patricia Piccininiこちら左も、かわいらしい。

文章の表現でも、擬人法(人間でないものを人間になぞらえて表現すること)がありますが、視覚的に行うと、このようになるのでしょう。

どうですか?バイクに癒されましたか??

Thiker than water, Patricia Piccinini, 2007



参考サイト
Patricia Piccinini
・Exhibition at Yvon Lambert New York
[2008/02/29 11:39] | なごみ系 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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プロフィール/Profile

ラサ

Author:ラサ
2年間のNY生活を経て、現在、東京在住。日本人の現代アーティストを海外に向けて紹介するサイトAZITOを運営しています。
2000年にNYのギャラリー作品を見て「すごい!」と衝撃を受けて以来、どうにかこの面白さをできるだけ多くの人に伝えたいと思い、日々試行錯誤しています。
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