
intimacy, Victoria Campillo
いろんな洋服が並んでいて、一見、ベネトンの広告のようですが、
こちらも作品です。
一つのコマを拡大すると、このようになっています。

アメリカの旗の柄の手前に、Jasper Johns という名前。

敗れたパンツの手前に、Lucio Fontana という名前。

白いエプロンの手前に、Rirkrit Tiravanija という名前。
名前は全て、アート史上とても有名な方々です。
そして、服装は彼らの作品を象徴するモチーフになっています。
一つ目のJasper Johnsは、アメリカの国旗をモチーフにたくさん絵を描きました。
(Jasper Johns と google image すると他にも出てきますよ。)

Flag Jasper Johns,1954-55
国旗というアメリカ表す記号を絵として描くことで、
いつも記号として見ている国旗を絵として見て見よう、
という視点を鑑賞者に与えました。
後に、ウォーホルがスープ缶のような身近なものを絵として書いて作品にする
ポップアートっていう流れに影響を与えたとして、評価されています。
過去、日常の記号的なものを絵に描いた人はいなかったので、その意味でも
当時は画期的だったのです。詳細を見ると、様々な色が塗り重ねられていて凝っていますね。
2つ目のFontanaは、キャンバスを破った作品で有名な方。

Lucio Fontana, Spatial Concept "Waiting" 1960,
上に絵を描く土台であるはずのキャンバスを切ってしまい、それを作品とするだなんて。なんて斬新。
という具合に新たな表現方法の開拓者として評価のある方です。
3つ目のrikritは、ギャラリー内で料理をしたことで有名な方。

Rikrit Tiravanija, activating space
マジで料理したんです。
ギャラリースペースで料理を作って、観客にふるまったのです。
そしてこれは作者と観客が関係性を持ちながら成り立つアート(リレーショナルアート)の先駆けだったのです。
それぞれの作品の題材は、お笑いに例えるなら、芸人のもちネタのようなものです。
他の人とは違う自分の持ちネタ(スタイル)を、一つでも確立できれば、いいのです。
一方、過去のネタとかぶってはいけません。(=評価されません。)
一番上の作品はアート史上のネタを洋服に置き換えて、ずらっと並べているのです。
アートの世界では、「アートの文脈に則って作品を作ることが求められる」ということが言われるのですが、それはつまり、「過去の芸人たちのネタを知った上で、自分にしかできないネタを作る」ということを意味しています。
他とかぶってはいけないというのは、音楽でも、本でも、どの世界も、同じですね。
ただアートは、独自の独創性を求めるがあまり、表現形態が多岐に広がっていってしました。
大昔は、絵画や彫刻だけが美術と捉えられていましたが、デュシャン以降、「コンセプトさえ持ってれば何でもあり」の世界に突入し、写真、映像はまだ分かりやすいですが、先に述べた料理の他、踊り、音楽、科学技術、デザイン、マンガなどなど、あらゆる表現形態をアートの世界に取り込んでいって、大きく膨れ上がっていきました。
表現形態が膨らむこと自体は悪いことではないのですが、その結果、鑑賞者からは作品をどう捉えていいのやら分かりにくくなってしまったということは言えます。
今後、アートの世界がどのように進んでいくかは分かりませんが、表現形態の目新しさはもうネタが出つくしたように思います。
「何を人に伝えたいのか」ということと作品の表現形態がちゃんとマッチしていて鑑賞者を納得させることができることが、結局のところ、とても大切になってくるのだろうと思います。
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2010.02.08 | Comment:0 | TrackBack:0

Ruben Ochoa Collapsed(Once Extracted) , 2009
Concrete, steel, burlap, wood, dirt, 144 x 252 x 600 inches (366 x 640 x 1524 cm)
これはギャラリーの中に設営された、“人工的な”崩壊場面です。
横幅は6m以上あるので、かなり大きな作品です。
コンクリートの部分が崩れて、土が流れ出てきたようにも見えますし、
土の重さでコンクリートが左に倒されたようにも見えます。
普通、こういう展示だと作品から1mほど離れた所から眺めて、「ほほー」と鑑賞するところですが、
この作品の場合は、コンクリートの下をくぐって、裏側を見ることができます。
では、くぐると、どうなっているでしょう???
実は、こんな風になってます。↓

くぐっていく動画発見↓
中は全部空洞!
重たそうに見えるコンクリートの中も空洞。
自然に崩れた様に見える土の下も空洞で、凸凹も人工的に創られているのです。
また、この土も色や質感にこだわりがあるそうで、展示する場所の近くに気に入る土がなければ、わざわざ運んでくるのだそうです。
アーティストRuben Ochoaは、建築とその建築物によって分断されてしまう空間に関心があるそうです。
例えば、LAにある高速道路はその土地に境界線を形成することで、もともとのそこにあった地形以上に、経済的にも、社会的にも、人種的にもそれぞれの土地をどのように機能させるかを決定します。
Ochoaが工業素材を利用して作品を制作するのは、制作した彫刻をギャラリーという場所の中で建築物の様に見立て、建築物とそれを取り巻く環境や文化について考える彼の関心を強調するためです。
この作品"Collapsed"(崩壊)は都市と同様に彫刻の根底にある基盤を暴こうと試みているのです。
Collapsed underlines Ochoa’s interest in the physicality of space as defined by its boundaries. It also looks closely at the nature of dislocation and displacement within an urban environment. In particular, Collapsed references the geographical and the socioeconomic implications of Los Angeles’ vast freeway system. These freeway walls are demarcations that conceptually retain much more than the earth behind it as these barriers shape how the city functions in terms of economic, social, and racial divisions. Ochoa’s use of industrial, outdoor, and civil engineering materials emphasize his concern with sculpture as architecture and with architecture as a manifestation of its surrounding environment and culture. Bringing these materials into a gallery context, Ochoa intends to both connect with viewers outside the art world and question traditional exhibition strategies. Collapsed exposes the city’s as well as the sculpture’s underlying infrastructures. (text from Peter Blum press release)
余談ですが、こんな作品も売り物です。
お家にお一つどうぞ。
たくさんの方から嬉しいメッセージを頂いたので、継続してブログを書くことにしました。
皆様、どうも有難う!感謝です。
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2009.12.10 | Comment:5 | TrackBack:0

Mark Wagner Concerned Citizen, 2008,
Currency collage , 24 x 18 inches
細部が分かるよう、大きく載せてみました。
わかるかな?
この図柄すべて、1ドル札の模様の一つ一つを組み合わせて出来上がっています。
しかも、デジタルではありません。一つ一つ本物を切り取って構成されているんです。
上記では、お札の重なりまでわからないのが残念。
これをよーく見ていると、「1ドル札にこんな模様入ってたっけ??」と考えてしまいます。
因みに1ドル札の模様はこれ。

改めてみると、シンプルなようで、意外といろんな柄で構成されているものです。
しかしこの作品の緻密さには感服します。
他にもこのシリーズ、たーーーくさん作ってます。


(left) Mark Wagner,Bout, 2008
(right) Mark Wagner, Buying the Brooklyn Bridge, 2008
アーティストであるマーク・ワーグナー曰く、
「1ドル札はアメリカで一番どこにでもあるものだ。こうやってコラージュ(組み合わせて一つものもを作ること)することで、”何か他のことはできないだろうか?”と問うているんだ。
これは良くできた素材だ。--頑丈な麻にしっかりと印刷されていて、繊細な装飾で覆われており、且つ、象徴とコンセプトに溢れている。カッターとノリがそれを変身させる。タペストリー、ペイント、版画、モザイク、コンピュータのような効果を作り上げているんだ。一風変わった、美しくて信じられないもの、親しいものの中にある異質なものを求めているんだ。」
"The one dollar bill is the most ubiquitous piece of paper in America. Collage asks the question: what might be done to make it something else? It is a ripe material: intaglio printed on sturdy linen stock, covered in decorative filigree, and steeped in symbolism and concept. Blade and glue transform it-reproducing the effects of tapestries, paints, engravings, mosaics, and computers-striving for something bizarre, beautiful, or unbelievable... the foreign in the familiar."
(reference: Smoke in my dreams -Statement on collage with currency)
参考サイト
・Smoke in my dreams
・Pavel Zoubok Gallery - Mark Wargner Exhibition "My Portfolio"
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2008.10.09 | Comment:5 | TrackBack:0

Untitled (Tree Pants, Summer), 2007, Peter Coffin
木が、
ズボンはいてます。。。
笑えます。
これはアーティストのピーター・コフィンが、木にジーンズをはかせて撮った、写真作品。
ピーター・コフィン曰く、
「この作品では、木がズボンをはいているように見えるでしょ。それは明らかに文字通りの解釈で、この裸の木を擬人化してる見ているんだ。私たちが普段、世の中にある物に、人間性や性格を投影ることで、それらとの関係を築くようにね。例えばこの作品では、そのことを誇張して、何か意味がありそうで無いことのバカバカしさや無意味さに光を当てているんだ。私たちと自然の関係は不自然で、それは私たちが世界をどのように見るかにも反映されている。私たちが動物や無生命の物質でさえ擬人化するのが好きであるように。
何て変な癖なんだろう。」
“The tree in this work looks as though it’s ‘wearing’ pants. This is the obvious literal interpretation. The naked tree is anthropomorphized - the same way we project human personality and character on things in the world as a way to relate to them. In the example of this work, that tendency is exaggerated, highlighting the absurdity or nonsense of something that seems to make sense in an obvious way even if it’s not rational. It might remind us that our relationship to nature is unnatural to begin with and that this is reflected in our view of the world …we like to anthropomorphize animals and even inanimate objects for example – what a strange tendency. "(from Press Release of The Horticultural Society of New York: Peter Coffin "Tree Pants")
確かに、人は物を擬人化して状況を伝えることってよくあります。
空が泣いてるとか、花がこっちを向いているとか。、
その方が伝わりやすかったりします。
擬人化とは、"物理的な状況そのもの"+"自分の思い"の投影した結果です。
誰かに話をするときには、必ずなにがしかの"自分の思い"があるもので、
それがゆえに、人間には擬人化する"癖"が備わったのでしょう。
それにしてもこの写真、ほのぼの笑えます。
参考サイト
・The Horticultural Society of New York: Peter Coffin "Tree Pants"
・Andrew Kreps Gallery: Peter Coffin (←他の作品も面白いよ。)
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2008.07.21 | Comment:2 | TrackBack:0

untiled (perfect lovers) (1987-1990), Felix Gonzalez-Torres
ぴったり寄せ合った、何の変哲もない、普通の時計。
秒針までしっかり一緒に時を刻んでいます。
この作品のタイトルは、Perfect Lovers。
"完璧な恋人同士"とでも訳しましょうか。
タイトルを聞くと、何だかこの二つの時計が微笑ましく見えてきます。
二人、同じ時を刻みながら生きているようです。
この時計は、電池で動いているので、やがてどちらかの時計は先に止まることになります。
でも、もう一方は引き続き時を刻みます。
どんなPerfect Loversでもいつかは別れのときが来ます。
どちらかが相手を看取り、その先も自分の人生を歩んでいくのです。
ちょっと切ないですが、これが現実。
とっても単純な作品なのに、とても心に響く素敵な作品だなと思いました。
この作品のアーティストは以前ご紹介した、フレックス ゴンザレス(Felix Gonzalez)。
HIVで最愛の人を亡くし、自らもHIVに侵されながらこの世を去りました。
そんな境遇にあったからこそ生まれた作品なのかも知れません。
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2008.06.29 | Comment:6 | TrackBack:0


