
Mark Wagner Concerned Citizen, 2008,
Currency collage , 24 x 18 inches
細部が分かるよう、大きく載せてみました。
わかるかな?
この図柄すべて、1ドル札の模様の一つ一つを組み合わせて出来上がっています。
しかも、デジタルではありません。一つ一つ本物を切り取って構成されているんです。
上記では、お札の重なりまでわからないのが残念。
これをよーく見ていると、「1ドル札にこんな模様入ってたっけ??」と考えてしまいます。
因みに1ドル札の模様はこれ。

改めてみると、シンプルなようで、意外といろんな柄で構成されているものです。
しかしこの作品の緻密さには感服します。
他にもこのシリーズ、たーーーくさん作ってます。


(left) Mark Wagner,Bout, 2008
(right) Mark Wagner, Buying the Brooklyn Bridge, 2008
アーティストであるマーク・ワーグナー曰く、
「1ドル札はアメリカで一番どこにでもあるものだ。こうやってコラージュ(組み合わせて一つものもを作ること)することで、”何か他のことはできないだろうか?”と問うているんだ。
これは良くできた素材だ。--頑丈な麻にしっかりと印刷されていて、繊細な装飾で覆われており、且つ、象徴とコンセプトに溢れている。カッターとノリがそれを変身させる。タペストリー、ペイント、版画、モザイク、コンピュータのような効果を作り上げているんだ。一風変わった、美しくて信じられないもの、親しいものの中にある異質なものを求めているんだ。」
"The one dollar bill is the most ubiquitous piece of paper in America. Collage asks the question: what might be done to make it something else? It is a ripe material: intaglio printed on sturdy linen stock, covered in decorative filigree, and steeped in symbolism and concept. Blade and glue transform it-reproducing the effects of tapestries, paints, engravings, mosaics, and computers-striving for something bizarre, beautiful, or unbelievable... the foreign in the familiar."
(reference: Smoke in my dreams -Statement on collage with currency)
参考サイト
・Smoke in my dreams
・Pavel Zoubok Gallery - Mark Wargner Exhibition "My Portfolio"
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2008.10.09 | Comment:33 | TrackBack:0

Untitled (Tree Pants, Summer), 2007, Peter Coffin
木が、
ズボンはいてます。。。
笑えます。
これはアーティストのピーター・コフィンが、木にジーンズをはかせて撮った、写真作品。
ピーター・コフィン曰く、
「この作品では、木がズボンをはいているように見えるでしょ。それは明らかに文字通りの解釈で、この裸の木を擬人化してる見ているんだ。私たちが普段、世の中にある物に、人間性や性格を投影ることで、それらとの関係を築くようにね。例えばこの作品では、そのことを誇張して、何か意味がありそうで無いことのバカバカしさや無意味さに光を当てているんだ。私たちと自然の関係は不自然で、それは私たちが世界をどのように見るかにも反映されている。私たちが動物や無生命の物質でさえ擬人化するのが好きであるように。
何て変な癖なんだろう。」
“The tree in this work looks as though it’s ‘wearing’ pants. This is the obvious literal interpretation. The naked tree is anthropomorphized - the same way we project human personality and character on things in the world as a way to relate to them. In the example of this work, that tendency is exaggerated, highlighting the absurdity or nonsense of something that seems to make sense in an obvious way even if it’s not rational. It might remind us that our relationship to nature is unnatural to begin with and that this is reflected in our view of the world …we like to anthropomorphize animals and even inanimate objects for example – what a strange tendency. "(from Press Release of The Horticultural Society of New York: Peter Coffin "Tree Pants")
確かに、人は物を擬人化して状況を伝えることってよくあります。
空が泣いてるとか、花がこっちを向いているとか。、
その方が伝わりやすかったりします。
擬人化とは、"物理的な状況そのもの"+"自分の思い"の投影した結果です。
誰かに話をするときには、必ずなにがしかの"自分の思い"があるもので、
それがゆえに、人間には擬人化する"癖"が備わったのでしょう。
それにしてもこの写真、ほのぼの笑えます。
参考サイト
・The Horticultural Society of New York: Peter Coffin "Tree Pants"
・Andrew Kreps Gallery: Peter Coffin (←他の作品も面白いよ。)
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2008.07.21 | Comment:2 | TrackBack:0

untiled (perfect lovers) (1987-1990), Felix Gonzalez-Torres
ぴったり寄せ合った、何の変哲もない、普通の時計。
秒針までしっかり一緒に時を刻んでいます。
この作品のタイトルは、Perfect Lovers。
"完璧な恋人同士"とでも訳しましょうか。
タイトルを聞くと、何だかこの二つの時計が微笑ましく見えてきます。
二人、同じ時を刻みながら生きているようです。
この時計は、電池で動いているので、やがてどちらかの時計は先に止まることになります。
でも、もう一方は引き続き時を刻みます。
どんなPerfect Loversでもいつかは別れのときが来ます。
どちらかが相手を看取り、その先も自分の人生を歩んでいくのです。
ちょっと切ないですが、これが現実。
とっても単純な作品なのに、とても心に響く素敵な作品だなと思いました。
この作品のアーティストは以前ご紹介した、フレックス ゴンザレス(Felix Gonzalez)。
HIVで最愛の人を亡くし、自らもHIVに侵されながらこの世を去りました。
そんな境遇にあったからこそ生まれた作品なのかも知れません。
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2008.06.29 | Comment:6 | TrackBack:0

Torayan, Kenji Yanobe, 2004
トらやん、ヤノベケンジ
黄色いアトムスーツを身にまとった、バーコード頭にちょび髭のおじちゃん。
何か、かわいい。
このおじさんは腹話術の人形で、アーティストであるヤノベケンジのお父さんが定年退職後に購入したもの。定年後に腹話術を始めたお父さん。ある日、お父さんは、この人形をバーコード頭に変え(上の写真では光ってしまっていて良く分からないかも。。。)、ちょび髭を生やさせ、タイガースのユニフォームを着せていました。
これをを面白く思ったヤノベケンジが、この人形を”トらやん”と命名。その後、ヤノベケンジの作品に登場することになったらしい。
この宇宙服のような黄色い服は何かというと、
ヤノベケンジが、チェルノブイリの跡地を回った際に直用していた、放射の防護服をミニチュアにしたもの。彼が多くの作品に共通してテーマにしているのが、未来を生き抜くための「サバイバル」。
チェルノブイリの遊園地・保育園・軍用車などの残骸を回り、このスーツを着用した自分とその風景を写真に撮ったシリーズは、「アトムスーツプロジェクト」と呼ばれています。現実の廃墟のすさまじさを表現した作品です。
この放射能防衛服の実物は、小さくて、3歳児用サイズ。
放射能に汚染された未来においても、子供達が楽しく遊べるように。。。
そんな思いがこの作品には込められているようです。
かわいいちょび髭のおじさん。展覧会場では、陽気な歌を歌っています。
子供に楽しさ・わくわく感を与え、同時に大人には現実を突きつけられる、そんな作品に感じます。
いま、ニューヨークの国際写真センターに日本人作家の一人としてヤノベケンジの作品が展示されています。
やっぱり現代アートは、もう少し背景の説明があった方が楽しめるのになぁ、と感じました。。。
参考サイト
・ヤノベケンジ展「トらやんの世界」 霧島アートの森
・ヤノベケンジ展 「トらやんの大冒険」 札幌宮の森美術館
・Heavy Light: Recent Photography and Video from Japan 国際写真センター
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2008.05.28 | Comment:1 | TrackBack:0

目を見開けど実景は見えず。ただ、己、心、凝視するばかり也
I open wide my eye but see no scenery. I fix my gaze upon my heart.,
Takashi Murakami, 2007
今、村上隆の回顧展©MURAKAMI が行われています。
去年の10月末にロサンゼルス現代美術館(MOCA)から始まり、ニューヨーク ブルックリン美術館、フランクフルト 近代美術館、スペインのビルバオ グッゲンハイム美術館と回ります。(日本に行かないのは残念。)
1991年からの主要な作品が一堂に会し、村上隆の変遷が見られる展覧会。
プリントや図版では何度も目にしたことがあったものの、実物を見るのは私も初めてでした。
思った以上にすべて巨大でビックリ。
上の絵は、その中でも一番新しいもの。だるまさんシリーズの一つです。
242.6 x 281.9 cmと大きなもので、細部をよーく見ると眉毛がピンクで縁取りされていたり、目がカラフルだったりと、古典的な日本画の中にもイマドキな空気が流れています。カッコいいです。
もともと、東京芸大の日本画の博士課程出身。と同時に、日本のアニメにも強い関心がある村上隆。そのため彼の作風の特徴は、「オタク&アニメ文化」+「日本画的要素」
この二つの共通点は、SUPERFLAT(スーパーフラット)だ!、と提唱したことでも有名です。
727, Takashi Murakami, 1996
どういうことかというと、日本画、たとえば平家物語の絵巻では、遠近法が使われておらず、全てが"平面"に、同時多発的に描かれています。一方、マンガも一コマずつ枠で囲まれてはいるものの、ページ全体でみると全てが"平面"に描かれています。
つまり、どちらもフラット。スーパーフラット。というわけです。
高額で取引される現代アートには、ウンチクが必須。村上隆は、小さな日本市場で売れることよりも、大きな市場のある欧米で受け入れられることを意識していたので、どんな提唱をすればウケルのかを徹底して考えていました。スーパーフラットは彼の代名詞というほど、欧米にウケタのです。
右のヴィトン。結構多くの方がこの柄を目にしたことがあるのではないでしょうか。カラフルなモノグラム。これも彼がデザインしたものです。
村上隆はオタク文化を欧米に紹介するのと同時に、広く多くの人にアートに親しんでもらいたいという思いも持っていました。
eye love superflat (white), Takashi Murakami
ヴィトンとのコラボレーションは、商品を通して、より多くの人の目に触れ、アートに関心を持ってもらうきかけになればいい、という思いから来ています。
この他、六本木ヒルズのキャラクターだったり、そのキャラクターのグッズだったり、精力的に、「多くの人の目に触れる、かつ買える」制作活動を行っています。
・市場は、日本じゃなくて欧米!・多くの人の目に触れるグッズの制作
と、あまりこれまでの日本人のやってこなかったことを大々的にしているだけに、商業的すぎる!などと、国内での彼への風当たりは強いものがありました。
(今となっては、十分結果を出しているのでもう誰も文句は言えないでしょうけれども。。。)
達磨図、河鍋暁斎
一番最初にご紹介した絵は、もともと左の日本画をもとに描かれたものです。
村上隆はこの暁斎の達磨図を見たときの様子をこう語っています。
「その達磨絵は、観れば観るほど阿保らしい絵なんです。まず大きすぎるし、きっと当時の突飛なクライアントが暁斎につくらせたけれど、そのうち貰い手もなくなり、流れ流れてプライスコレクションに行っちゃったのかな・・・・・と。でもある種、日本人のスケールを超えた突飛な絵とも言えそうで、そこに、やはり日本で受け入れられない絵を描いている自分を重ね合わせたところにビジョンがくっついた。」
(ARTiT No.17 村上隆インタビューより)
村上隆が、日本の存在感を現代のアートシーンに印象付けたのは紛れもない事実であり、その成果は大きいものだと思います。(日本の影、ほんと薄いですからね。いいもの、たくさんあるのに!)
ぐいぐい前に打って出るのが苦手な日本人は、そうできる人が羨ましいのかも知れません。
自分の良さをひたむきに伝えようとすることは、悪いことじゃないと思います。もっと前へ前へ!が今の日本には足りないのかも知れません。
横並びなだけじゃない、突飛なものも受け入れられる日本であるといいな、と感じます。
参考サイト
・©MURAKAMI
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2008.05.02 | Comment:4 | TrackBack:1


